「復讐よりも恐ろしい嫉妬」アレクサンドル・デュマ著『モンテ・クリスト伯』を読む【緒形圭子】
緒形圭子「視点が変わる読書」第23回 『モンテ・クリスト伯』アレクサンドル・デュマ
◾️全身全霊で人生を楽しみ尽くした作家と「嫉妬の本質」
岩波文庫の『モンテ・クリスト伯』は山内義雄訳で、七巻が揃っている。高校生の時に一巻の途中で挫折した私は映画を見るにあたり、小説を読み直すことにした。すると、ページを捲る手が止まらないという言葉のままに七巻を一週間で読破してしまった。
まず、人物造形が見事だ。
この小説には、エドモン、メルセデス、ダングラール、フェルナン、ヴィルフォールはじめ、30人を超える主要人物が登場する。それも貴族、神父から船乗りや山賊まで、多層の階級にわたっている。それぞれが強烈な個性を持って立ち上がり、躍動し、その関係は複雑に絡み合う。
さらに、プロットの隙のなさ。
ナポレオンの百日天下を下敷きにし、当時のフランスの不穏な国内状況、その中で繰り広げられる陰謀の数々、破滅、そしてそこから生まれてくる希望を描き切っている。
この小説は『ジュルナル・デ・デバ』という新聞で連載されたが、こんなに面白い小説が載っていたら、さぞ新聞は売れたことだろう。連載終了後は本にまとまり、大ベストセラーとなった。
その人気はすさまじく、『モンテ・クリスト伯』の印税でデュマはサンジェルマン・アン・レーに贅をこらした城を建て、600人を招いて落成祝いをしたという。
しかも、デュマには『三銃士』という代表作もあり、生涯に600冊もの本を出し、新聞、雑誌の創刊に携わり、34人の愛人と100人前後の子供(認知したのは2人だけ)がいた。ところが、それだけ稼ぎまくったにもかかわらず金遣いが荒く、破産し、晩年は『椿姫』の作家として知られる息子のアレクサンドル・デュマ・フィスの世話になっていたという。
『モンテ・クリスト伯』はかくも全身全霊で人生を楽しみ尽くした作家が書いた作品なのだ。
映画では原作の複雑な人物関係が整理され、原作にない人物なども登場させ、全体的に分かりやすくまとめられていた。3000ページの物語を3時間の映画にするにはそうせざるを得なかったのだろうが、そのために失われてしまったものもあった。
嫉妬の本質である。
原作ではエドモン・ダンテスと彼を陥れたダングラール、フェルナン、ヴィルフォールとの関係は、そもそも希薄だった。つまり、エドモンは自分を牢獄に押し込めた三人とはほとんど交流がなく、彼らについてよく知らなかったのだ。
ところが映画では、まずダングラールを商船の船長とし、その地位をエドモンに奪われたとしている。フェルナンとエドモンは友人で、お互いにメルセデスが好きだったということになっている。ヴィルフォールにはナポレオン党の妹がいて、彼女がエドモンの加勢をしようとしたことになっている。
よく知っている相手との直接的な利害関係によって嫉妬が生まれたことになっているが、嫉妬心というのはよく知っている相手だから抱くものではない。よく知らない相手でも、自分がかなわないと思ったら燃え上がるのが嫉妬心なのだ。
そこのところが映画では描けていなかったのだが、それは小説に委ねるべきものなのかもしれない。
嫉妬が巻いた種により、復讐が生まれた。
私は壮絶な復讐よりも、人の心に潜む小さな嫉妬の方が恐ろしいと思う。
文:緒形圭子
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